長時間労働の現状とエグゼンプションの課題(後編)

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欧米諸国の労働時間法制の中身を確認しながら、日本型エグゼンプションの可能性を探ります。

人事専門誌『HRmics』。発行の直後、誌面では紹介し切れない生の情報をお伝えするお馴染みのセミナー、HRmicsレビューを開催しています。今回も、9月27日に東京で行われた最新レビューの概要を3回にわたってお届けしております。今回は、同誌編集長、海老原嗣生による講演の要旨をお伝えする2回目です。執筆は同誌副編集長の荻野です。※2013/10/24の記事です。

ヨーロッパとアメリカの労働時間規制比較

労働時間の規制については世界で2つの潮流がある。一つは詳細な規制をもつヨーロッパだ。たとえばドイツでは法定労働時間の上限が週40時間、同じくフランスは35時間となっている(労働者の合意が存在する場合はその上限を超えることは可能)。

労働時間だけではない。たとえばインターバル規制というものがある。これは1日の労働が終わってから一定以上の時間をおかないと次の日の労働を始めてはいけない、という休息時間規制である。EU指令によればその長さが11時間に決められている。これは1日単位のインターバルだが、EU指令においては週単位のインターバルまである。1日の24時間プラス11時間、つまり35時間である。週に一度、35時間の休息が連続して取れない場合、代償休日を1日、付与しなければならないことになっている。

一方、そのヨーロッパとまるで対照的なのがアメリカだ。法定労働時間の規制は「週40時間を超える労働に対しては50%の割増賃金を支払う」という規定のみ。休息時間についての規制は影も形もない。

ただ、法令違反に対する罰則は、さすがに訴訟社会といわれるだけあって、非常に厳しい。週40時間労働を超過していることを認識しているのに割増を支払わなかった経営者は1万ドル以下の罰金が科せられ、再犯時には付加罰金としてさらに1万ドルが科せられる可能性がある。しかも労働長官が、同じように割増金を支払われなかった同じ職場の同様の労働者のために集団訴訟を提起することができるのだ。

海老原:「ヨーロッパほど細かな規制が存在しない、アメリカほど罰金と訴訟が厳しくない。それが日本だ。逆にいえば、その両者から時短対策を学べばいい。ヨーロッパからは、インターバル規制、代償休日、総労働日数規制などを、アメリカからは残業割増賃金率のアップ、厳しい罰金、集団みなし訴訟、などである」

日米で残業規制の影響を比較する

ここで海老原はアメリカで生まれたエグゼンプション制度のそもそもの出自を振り返る。

それは大恐慌後の1938年に制定された公正労働基準法によるもので、先述した残業割増賃金制度とセットになった規定だった。つまり、50%という高率の賃金割増を義務付けることで、経営者が残業代の支払いを忌避するように差し向け、その代わりに新規の雇用が増えることを目論んでいたのだ。でもそれは代替人材がすぐに見つかるような業務の話であり、採用市場で簡単には調達できない人材については、雇用増加は現実的に不可能でもある。そうなると、高度で代替が効かない人材については、本人の残業代が増えるだけで、雇用創出にもならず、いたずらに企業経営を圧迫することにとどまる。

海老原:「そうした余人をもって代えがたい業務―多くは知的熟練を要する業務―に従事する人については、割増規定の例外(=エグゼンプション)とすることを認めた。当然、市場価値が高い人だから、企業の無理な押し付けは拒否出来る。そう、だから彼らは自律的に働く権利も当然有している」

これに対して日本の残業制度は随分と趣きが異なる。日本の労働者の賃金には賞与や諸手当の割合が高い。3分の1程度になるケースが多いだろう。とすると、時給はこうした「一時金」を抜いた上で計算される。年収が日米で同じでも、時給にすると、日米には、一時金分の差、すなわち3割以上日本が少なくなる。これをベースに残業割増も計算されるから、当然3割近く少なくなる。しかも残業割増賃金率もアメリカの50%と比べ、25%と半分しかない。この結果、何が起こるかというと、同じ年収の欧米の労働者と比べた場合、絶対額で日本の割増率は3分の1になってしまうのである。

海老原:「これは経営者にとって非常にありがたい。人を新しく雇うよりも、既存社員に残業してもらったほうがコストがかからないからだ。つまり、賞与の割合が高く、残業割増賃金率が低い現行の日本型雇用では、市場代替が容易な単純労働においてさえ、残業割増による雇用創出効果が比べて低い」

習熟人材と非習熟人材とで策を分けよ

こうした材料をもとに、海老原は「階層別に、時短対策を分けよ」と説く。

どういうことか。

まず仕事の習熟度が低く、代替人材を容易に確保できる人たちに対しては、アメリカ型の割増手当方式で、逆に習熟度が高く、代替人材の確保が難しい人たちに対しては、ヨーロッパ型の自律と安全衛生確保方式で対処せよ、というのである。

図表1:階層別に有効な労働時間対策

この考えで、市場調達が容易な非習熟人材に対しては、雇用が増える。しかし、不況や業績悪化などにより職務が減少したら、彼らは不要となる。とすると、こうした職務減少期に、整理解雇基準やワークシェアリングが必要になる。この二つが容易にできるような誘導策が行政には望まれる。

一方の習熟人材に対しては、「時間報酬ではなく業績報酬制」「異動・配転の際は事前承諾を必須とすること」「定期昇給の廃止」といった「自由の拡大とそれに見合った自己責任」を必須とする自律的な働き方が求められる一方で、働きすぎを防止するヨーロッパ型の各種規制が必須となる。

日本型エグゼンプション制度の提案

さて、プレゼンも終盤に差し掛かった。以上の議論を踏まえ、最後に海老原が提案したのが「休業確保と自律的労働」がセットになった日本型のエグゼンプション制度だ。

目指すのは2つである。

まずは、しっかり休んでオーバーワークをなくす。具体的には次の5つの策によってそれが実現される。

①インターバル規制の導入(例:1日単位で11時間)
②代償休日の取得促進(例:上記インターバルが保てなかった場合に実施)
③代償休日と有給取得の企業イニシアチブ(労働者側ではなく企業側に決定権がある)の徹底
④年単位の勤務可能上限日数の設定
⑤半日有給制度

この5つを推進したうえで、賃金と労働時間との関係を断ち切る、つまりエグゼンプションを適用し、賃金は⑥「業績連動給による年俸制」を基本とする。

さらに配慮すべきことがある。異動・配転である。日本企業の場合、有無を言わさず、という場合が多いが、それでは自律的労働とはいえないから、⑦「異動・配転は事前同意制」とする。

海老原:「知的労働には不向きな時短やワークシェアリングはあえて志向しない。時短ではなく日短、もしくは半日短で確実に休む。その代わり、それ以外の日は時間を気にせず、目一杯、働いてもらう。もちろん、意に沿わぬ転勤や異動はない。フランスのカードルに近い働き方といえる」

「自由と自己責任」コース 創設のすすめ

さらに海老原はこの制度、名づけて「自由と自己責任コース」を職能等級制度に組み込むことを提案する。

図表2:自由と自己責任コース設置上の工夫

上図において、左側が悪い導入パターン、右側が望ましいパターンである。

点線部分が従来のエグゼンプション対象者、つまり労働基準法でいうところの「管理・監督者」である。左側にあるように、その管理・監督者に上がれなかった人たちに対して、「自由と自己責任コース」を適用すると、このコースに進めば「脱落組」としてモラルが低下してしまう。そうではなくて、右側にあるように、「自由と自己責任コース」を職能資格の中にしっかり組み込み、課長になる直前の人たちは、従来の「係長」ではなく、この「エグゼンプション型労働」を誰でも通過することを提案する。それがマイスター制度だ。

海老原:「いきなりこの制度に移行するのは難しい面もあるだろう。その場合は、激変緩和措置として、従来の職能等級コースとマイスター制度を並列させ、どちらのコースを経ても管理職になれるようにしたらいい。マイスター制度には、60歳ではなく65歳までの定年延長の実施、インターバル規制、年単位の勤務可能日数の上限設定、異動転勤の自己申告制など、先の施策を徹底させ、そちらを選ぶ人が増えるよう、誘導する。そうやってマイスターコースを選ぶ人が増えたら、制度が並列した状態を改め、1本化すればいい」

そうして、このコースで昇進が止まれば、もう上を目指してバリバリ働くのではなく、そこで安住して自己責任さえ果たせば、あとは自由という生き方を可能とする。介護や育児などプライベイトが大変な時も、「自由と自己責任」で、成果さえ上げればあとは時間拘束されない働き方ができる。

働き過ぎを防止しつつ、働く人の自由度を高め、モラルも向上させ、経営にも資する仕組みづくり。再度、エグゼンプション制度の法制化を考えている政府には、こうした複雑な連立方程式を解く知恵と心構えが必要だ。

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