リクルートエージェントは、人事専門誌『HRmics』を年3回、発行していますが、誌面では紹介し切れない生の情報をお伝えする「HRmicsレビュー」を定期的に開催しています。今回から3回に分けて、去る5月24日にリクルートエージェント社内で行われた、第9回目のレビューの概要をお届けします。
今回・次回は、戦後の日本の人事をつくりあげた伝説の人事コンサルタント、楠田丘氏の講演の内容をお伝えします。話されたテーマは、(1)過去100年の日本企業の人材政策、(2)日本型成果主義、(3)人材システム変革に大切な心・技・体とは、(4)ワークライフバランスの4つ。今回はまず(1)と(2)を取り上げます。レポートはHRmics副編集長の荻野氏です。※2011/06/09の記事です。
楠田さんは終戦直後から人事の世界に入った。この100年の歴史を振り返るところから話が始まった(下図参照)。
福岡県遠賀郡の一漁村だった八幡村に、国営の八幡製鉄所が操業を始めたのが1901年。20世紀のちょうどはじまりである。楠田さんによれば、その1901年から敗戦までの45年間、日本企業の給料は年功給が主体だった。
その場合の「年」とは年齢ではなく、勤続年数を意味した。日本においては企業内労働市場が主流だというのがその背景にある。その企業に何年間、在籍しているか。これが働く人の賃金を決めるメルクマールだったのである。ただし、勤続年数だけを基準にした序列が成立しているわけではない。学歴や性別、身分別によって賃金カーブの形態が異なることは言うまでもなかった。
それから約半世紀が経ち、戦争に負けた日本の地にGHQ(連合国総司令部)がやってきた。当時、楠田さんは労働省の役人だった。
楠田:「日比谷にあったGHQに何度も呼ばれ、勤続年数や性、身分によって賃金を決めるのはダーティーだ。そういう賃金の決め方は一刻も早く取り止めよ、と言われました。一方で、アメリカ流の職務給はどうだ、というから、日本には合いません、と断固断りました。結局、向こうも折れて、仕事重視なら職務給、能力重視なら職能給と、給料の中身をきちんと分けなさい、と言ってきました。何しろ、食べ物さえ満足になかった混乱の時代ですから、日々の生活を大過なく過ごすことが何より大切だった。そこで私が提案したのが家庭生活の重視という考え方です。その結果、主流になったのが、年齢別の最低生計費をベースにした年齢給でした」
年齢給の時代は30年続いた。それが変わるきっかけは海の向こうからやって来た。1970年代半ばに起きた石油ショックである。高度成長から一転し、低成長時代になると、社員の年齢が上がるのに比例して額があがっていく年齢給は持ちこたえられなかったのだ。
楠田:「年齢給の次に導入されたのが職能給です。すなわち、職務能力を基準に賃金を決定するというやり方です。これは当時のヨーロッパのやり方だった職種別熟練度別賃金を、私が日本流にアレンジしたものでした。それを実現する仕組みとしての職能資格制度があらゆる企業に取り入れられていきました」
職能給の時代は25年続いた。その間、楠田さんは各企業に引っ張りだことなり、日本で一番著名な人事コンサルタントとなっていったのである。
職能給の命運が絶たれたのは1991年のバブル崩壊の直後だった。雇用の過剰に頭を痛めた日本企業はアメリカ流の職務給、すなわち、仕事の内容によって賃金を決めるやり方を導入しはじめた。アメリカ型成果主義といってもいいだろう。1901年から連綿と続いてきた能力主義も、ここで一旦、お役御免になった。
楠田:「ヘイシステムに代表されるアメリカ型職務給は結局、定着するところまでは行きませんでした。というのも、日本企業はアメリカ企業と違って、人の異動が頻繁に行われ、今日は営業だった人が明日から経理、という例がよくあります。その際、職務給であれば仕事が変わるたびに額が変動するわけですが、働く人にとっては迷惑このうえないことで、異動は忌避されてしまう。そうなると、人の柔軟な配置という日本企業の強みが失われてしまうのです」
行きつ戻りつ、ぎくしゃくした時代が10数年続いたが、2008年に起きたリーマン・ショックが止めをさした。アメリカ型を何でもよしとする風潮が完全に破綻した。そこから始まったのが、楠田さんいわく「日本型成果主義」である。
日本型成果主義とは何か。楠田さんはそれを一本の木のたとえで説明した。すなわち、木にはおのれを支え、大地から水や養分を吸い上げる「根」がまず必要である。この根が地中深く、しかも横に広がっていればどんな強風が来ても倒れることはない。この根にあたるのが年齢給だ。
根の次は「幹」である。丈夫な根をもった木の幹は太く、丈夫になる。そういう元気な幹を育てるのが職能資格制度であり、それによって決まる賃金が職能給である。
楠田:「年齢給と職能給、どちらも能力主義的給料です。根と幹、つまり、木のまさに根幹が能力主義というわけです」
さてここからは成果主義の出番となる。まずは幹の先につく「枝」、これが役割給である。職務給に実力を加味したのが職責給であり、その職責給にさらにチャレンジ要素を加えたものが役割給である。
この枝の先に毎年、「花」が咲く。これが業績であり、それに応じて支払うのが賞与である。やがて大きな「実」が成るが、これが成果である。大きな成果を上げた人が昇進を遂げていく、という、まことに明解な哲学だ。
つまり、日本型成果主義における従業員の処遇は、年齢給、職能給、役割給、業績賞与、成果昇進という5つの要素に分かれている。それぞれの年齢に応じた基本給の構成は下図のようになる。若いうちは「根」にあたる年齢給の割合が高いが、年齢を経るにつれ、その割合が減じていき、代わりに「枝」にあたる役割給の割合が高くなっていく。
日本型成果主義は、能力主義と成果主義という2つの人材理論から成り立っているが、楠田さんによれば、それ以外に、2つの人材理論にも重要な役割が与えられている。ひとつは、「人間の価値観は皆異なる」という加点主義(個尊重主義)、それに、「単なる能力だけではなく、行動力の評価もプラスした」実力主義である。
楠田:「能力主義と成果主義をうまく連動させ、人材の育成と活用、それに公正な処遇の3つを実現させるのが日本型成果主義です。人材の育成は能力主義で、活用は実力主義と加点主義で、処遇は成果主義で、というわけです」
「能力か成果か」の二者択一ではなく、「能力も成果も」という折衷主義。東洋と西洋の狭間に立つ日本のお家芸そのものといえるかもしれない。
次回は、(3)人事システム変革に大切な心・技・体とは、(4)ワークライフバランスについて報告したい。
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