新しい法概念をめぐる問題-キャリアは「権利」なのか

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「キャリア権」なる言葉を聞いたことがありますか?

学校教育にも取り入れられ、人事関連で最も人口に膾炙した用語=「キャリア」に関する労働者の権利、という意味で、法政大学大学院の諏訪康雄教授が1996年に初めて提唱した概念です。労働者は一人ひとり、自分なりのキャリア構築を行う権利を有するとともに、企業にはそのキャリアを最大限に尊重すべき義務がある――簡単にまとめれば、こういうことです。理念的には大変よくわかります。でも、果たして実定法上の具体的概念として通用するものなのか、通用させるべきものなのか。HRmics副編集長の荻野が考え込んでしまいました。※2013/01/31の記事です。

キャリア権の中身

そもそもキャリア権とは何なのか。

「キャリア権研究会報告書」(座長:諏訪康雄教授:2011)によると、「働く一人ひとりが、その意欲と能力に応じて自分が望む仕事を選択し、職業生活を通じて幸福を追求する権利」とされる。

キャリア権の推進派は、キャリア権は現在の法体系で理念上は既に担保されているという立場をとる。憲法において、個人の尊厳・幸福追求権(13条)、奴隷的拘束・苦役からの自由(15条)、職業選択の自由(22条1項)、社会権としての労働権(27条1項)、教育を受ける権利(26条)、労働基本権(28条)、財産権(29条)があり、これらを統合すると、上述したようなキャリア権を「基本的人権」として再構成できるというのだ(「キャリア権を問い直す」、『季刊労働法』238号)。

対になるのが人事権

加えて、こうしたキャリア権は実定法化もされていると指摘する。

たとえば雇用対策法3条にこうある。

〈労働者は、その職業生活の設計が適切に行われ、並びにその設計に即した能力の開発及び向上並びに転職に当たっての円滑な再就職の促進その他の措置が効果的に実施されることにより、職業生活の全期間を通じて、その職業の安定が図られるように配慮されるものとする〉

職業能力開発促進法にも似たような条項があるが、内容が抽象的だったり、労働者の職業能力開発に関する援助を促す企業の努力義務的なものに過ぎなかったりで、キャリア権の中身が具体化されていないことが問題だというのである。

このキャリア権と対になるのが企業(組織)の人事権である。企業は組織運営を最適化するため、人事権の行使を通じて従業員の職業生活の内容と仕事の条件付けを行う。昔はそれでよかったが、企業が終身雇用を必ずしも保障できない今日においては、人事権の一方的行使よりは従業員個人のキャリア権の尊重がより重要になる、というのだ。

推進派がキャリア権の具体化として求めるのは、そのための法制化(前述の「キャリア権研究会報告書」には、全7条からなる「キャリア権基本法」が私案として掲げられている)、労働契約、労働協約、就業規則などに「キャリア尊重」あるいは「キャリア権」などの文言を挿入することなどである。

歌舞伎役者のキャリア権は?

以上、推進派の主張をざっと紹介してみたが、考え方としては賛同できる。が、具体化させるためには、以下のようなことをつめる必要があるのではないか。

まず、上で見たように、キャリア権と対の概念が人事権であるが、この人事権は雇用保障と密接に関連している。ある部署で仕事が減り、ある部署で増えた。その場合、減った部署の人材を増えた部署に廻す、という人員調整が柔軟に実施できれば、減った部署の人材を解雇する必要はない。キャリア権を認めるということは、「自分が望む仕事」を選択する権利を与える、すなわち、異動・転勤・転籍に関して、今まで以上に労働者の意向を尊重すべし、ということになる。そうなると人事権が弱まる、つまり雇用力が小さくなる。あなたがキャリア権を主張するなら、うちに職はありませんね・・・・・・これを労働者は甘受するだろうか。

次はキャリア権の「保持者」についてである。憲法を持ち出すのだから、推進派は全国民を対象とした基本的人権としてキャリア権の具体化を考えているのは明らかだ。その場合、歌舞伎や能といった伝統芸能の継受者はどうなのだろう。彼らは一子相伝で物心ついた時から、キャリアの道筋が決められている。彼らにキャリア権はあるのか、ないのか。

さらに非雇用者、自営業者の場合も複雑だ。雇用者の場合、企業(組織)にキャリア権を主張できるが、こうした人たちは誰に自らのキャリア権を主張できるのだろうか。政府に主張したところで、キャリアにふさわしい仕事をくれたり、何かをしてくれるわけではないだろう。ある人間(雇用者)には認められ、ある人間にはその存在が曖昧なもの、それを基本的人権だとするのは少々無理があるのではないか。

新卒一括採用が違法になる?

いつから発生するのか、という時期の問題もある。企業(組織)に入った時に発生するのか。それとも就職活動時には早くも発生するのか。日本企業は、まず学生に内定を出し、配属先を決定するのは入社後、という場合が多い。これはキャリア権を無視した採用方法ではないか。学生側も、職種ではなく企業で就職先を選ぶ場合がほとんどなのである。キャリア権を前提とする限り、新卒一括採用という手法が「違法」になる可能性はないだろうか。

逆に、いつ終わるのか、という有効期間に関しても問題がある。それは定年では終わらず、働き続ける限り、存続すると考えるべきだろう。ところがそうスムーズには行かない事態が進行中だ。昨年、高年齢者雇用安定法が改正され、この4月から65歳までの雇用義務化が始まるが、今回の法改正は、年金支給年齢の後ろ倒しに対応するため、職種や待遇は問わないから、ともかく65歳まで雇用を延長すべし、という内容だからである。キャリア権は棚上げして雇用を確保せよ、と言うに等しい。これはどう考えるのだろうか。

「キャリア権」より「キャリア自律」

以上、キャリア構築を一人ひとりの「権利」としてとらえると、もやもやが沢山出てくるわけで、それだけ、既存人事へのインパクトが大きい概念ということだ。

私も企業がもっと個々人のキャリアに気を配るようになればいい、と思っている。ではなぜ「キャリア権」には引っかかるのかというと、キャリア構築を個人の「権利」としてしまうと、それが逆にやせ細りはしないだろうか、と考えるからである。人は、嫌な仕事に取り組んだり、無理な難題を超えたときに成長する。異動や配転だけでなく、キャリア権の延長で、「やりたくない業務命令も拒否できる」ことになっていくと、結局、「人は育たない」ということにならないか。特に勘違いして若いうちから仕事のえり好みをするような人が増えてしまったら目も当てられない。そもそもキャリアは労働者、企業の双方が作り上げるものだろう。部分最適は全体最適にはつながらないのだ。

先日、コマツ会長の坂根正弘氏にお話を伺ったところ、新入社員に決まって言うことが三つあるという話になった。一つは、自分で専門を決めつけず、「何でもやってやろう」という心構えで働け、二つは、課題を与えられたらネット検索はせず、自分の頭でまずは考えよ、三つは、何か一つ、他人に負けない秀でたものをもて。

五年間、この教え通りに働いた新人は、かなりの確率で有用な人材に育っているだろうし、自分なりのキャリアを構築できているはずだ。一方、「あなたには自分にふさわしい仕事を求める権利があります」と言われて働いた新人が、五年後、同じように、組織にとって有用でしかも自分なりのキャリアを築くことができているかというと、どうもそのイメージはない。キャリアはもともと馬車が通った後にできる轍(わだち)を意味した。後で振り返って、そうだったなあ、と思うものであって、ことさら権利、権利、と言挙げしないほうがいいのではないかと思えるのだが、いかがだろう。

といっても、日本人の働き方は今後ますます変わっていくだろうし、それを牽引する重要キーワードが「キャリア」であることは間違いない。「キャリア権」まで行かずとも、高橋俊介さんいうところの「(働く側の)キャリア自律」を労使双方でしっかり握り合う、くらいでよいのでは。そう思えるのである。

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