どうなる?労働・雇用に関する法制度

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私たちの「働く」意識にも、憲法改正は及ぶ?

安倍政権になってから、憲法についての論議がかまびすしくなりました。マスコミでは、憲法9条(戦争放棄)や96条(憲法改正)などに注目が集まっています。でも、「働くことに関しては憲法と関係ない」と考えている人が多いのではないでしょうか。実はこれ、大間違いです。労働は国民の権利であり、義務である。これは憲法27条にきっちり規定されています。しかもその規定は、世界的にみるとかなりユニークなことなのです。誰もが真面目に働く、という社会常識にも憲法論議は影響を及ぼすかもしれません。
労働法制に詳しいHRmics副編集長の荻野がそのあたりをレポートします。※2013/11/07の記事です。

各団体の労働条項改正案比較

最初に現行、日本国憲法の条項を確認しておく。労働に関係する直接的な条項は以下である。

第22条
1.何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

第27条
1.すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
2.賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3.児童は、これを酷使してはならない。

第28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

憲法改正論議は、こんなところにも及んではいないだろう、と軽く思わないでほしい。実は、労働についても改正案はところどころに顔をのぞかせているのだ。

まずは、発表されたのが2004年と、最も古い読売新聞社試案から。結論からいうと、まったく変わっていない。第22条が第34条に、第27条が第32条に、第28条が第34条に、という変更はあるものの、内容は一字一句変わらず、である。

翌2005年に発表された自民党草案では、第27条と第28条は一字一句変わらずだが、第22条に関しては、「何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する」となり、「公共の福祉に反しない限り」という文言が省かれている。つまり、「公共の福祉」という縛りを取り払うべき、という主張である。国家や国体など「公共」を重んずる保守派から、公共軽視的な意味合いの改正案が出ることは少々不思議な気もする。さらにいえば、公共の福祉に反してもよいというのが改正案だとすると、窃盗でさえ、「職業の自由」といえそうな気がしてしまうものだが。

民主党の鳩山由紀夫も同じ年(民主党代表だった)に新憲法試案を発表している。こちらは読売新聞社試案と近い。第22条が第23条に、第27条が第31条に、第28条が第31条に変わっているが、内容は不変である。ただし、現行27条の「児童」が「子ども」に、同じく現行28条の「勤労者」が「労働者」に変わっている。

同じ2005年には、旧民社党出身の民主党メンバーが中心となった「創憲会議」が新憲法草案を発表している。こちらも内容はほぼ変わらないが、現行27条に「勤労者は、人間として尊重され、その職場において適正な処遇を受ける権利を有する」という条項が付加された。以上2つは、労働者の権利を保護する連合をバックに持つ民主党らしい改正案といえるだろう。

続いて、自民党は2012年に新しい改正草案を発表している。前回案との違いは、団結権を定めた現行28条に、「公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない」という項が付け加えられたことだ。公務員の労働三権剥奪は憲法違反だという意見を封じようということだろう。

今年、発表されたのが、産経新聞「国民の憲法」要綱である。現行27条の「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」「児童は、これを酷使してはならない」が削除され、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」の「すべて」がカットされた。まさに「規制緩和」の感あり、といったところだ。

以下、これまで述べてきたことを一表にしてみた。

図表1:各憲法案における労働関連条項の改正内容一覧

各団体の労働条項改正案比較

興味深いことに、年代が新しくなるに従って、改正の度合いが増している。特に産経新聞「国民の憲法」要綱は、労働に関する事項だけではなく、全体にわたって、現行憲法との乖離が大きくなっているのが特徴だ。理由は、現行憲法の延長線上で“不都合な箇所”を見直すというやり方ではなく、一旦、ゼロベースで見直しているからだという。

こう比較してきて、皆さん気づかれただろうか。他は微修正あるいは削除となっている場合が必ずあるのに、唯一、「勤労の権利と義務」条項だけはほとんど無傷でおかれている。「それこそ、労働の本質であり、国家の基礎である」と多くの読者はそう考えるだろう。つまり、そこに異議をさしはさむ余地はなさそう。がしかし、それこそ「日本人」的であり、憲法の趣旨が日本人に浸透し、私たちの生活や意識をしっかりと「勤勉」にしてきたのだと指摘する識者も多い。

GHQ主導で「労働の権利」、社会党の修正で「義務」が生まれた

ここで主要国の憲法を見てみたい。

まず、権利と義務(もしくはそのいずれかを)うたっている国々。

たとえば中国。

第42条
中華人民共和国市民は、労働の権利及び義務を有する。・・・労働は労働能力を有するあらゆる市民の栄光ある責務である。


国がもうなくなってしまったが、ソ連。

第12条
ソ同盟における労働は、<働かざるもの食うべからず>の原則によって、労働能力ある各市民の義務であり、また名誉である。(後略)

第118条
ソ同盟の市民は、労働の権利、すなわち労働の量および質に相当する支払を保障された仕事を得る権利を有する。労働の権利は、国民経済の社会主義的組織、ソヴィエト社会の生産諸力の不断の発展、経済恐慌の可能性の排除および失業の解消によって保障される。


労働(勤労)の権利は社会主義国でなければ十全に認められないという精神が、この118条から伺える(しかし、ソ連崩壊以前から、国内には失業者があふれていたが・・・。)

こちらもなくなってしまった東ドイツ。こちらは権利だけを明記している。

第15条
労働力は、国家がこれを保護する。労働権は、これを保障する。国家は、経済管理により、いずれの市民にも労働と生計とを確保する。市民に適切な労働の機会が与えられない限り、その市民に必要な生計が配慮される。


お隣、韓国は社会主義国ではないが、日本と同じように存在する。

第32条
すべての国民は、勤労の権利を有する。・・・すべての国民は勤労の義務を負う。


ところが、こうした労働に関する条項はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの憲法には存在しない。なんと、戦前の大日本帝国憲法にもない。

歴史をひも解くと、日本国憲法のマッカーサー草案に「すべての人は、はたらく権利を有する」とあり、それをもとに内閣の憲法草案が「すべて、国民は勤労の権利を有する」となっていたのを、参議院における社会党の提案で「勤労の義務」が付け加えられたという経緯がある。勤労の義務条項はもともと資本主義国とは水と油の概念なのだ。

ただ、韓国が日本と同じように、憲法に「勤労の権利と義務」が明記しているのは興味深い。日本国憲法の発布が1946年、大韓民国憲法のそれが1948年なので、もしかしたら日本国憲法を参考にして作られた面があるのかもしれない。勤労の義務を課した両国とも、アジア諸国の中にあって、強烈な経済成長を遂げ、欧米主導のOECDにそろって加入できた。戦後経済の奇跡を体現できた両国には、他の先進国にない「勤労の権利と義務」があったから、という見方もできそうだ。

憲法と現実を埋める法理

なおも調べると、「義務」はないが、「権利」は明記した資本主義国の憲法があった。イタリアの憲法である。

第4条
共和国はすべての市民に勤労の権利を認め、この権利を実効的ならしめる諸条件を整備推進する。


これはわかりやすい。勤労の権利を認めつつ、その権利が完全に実現されるのは難しいから、国が全力を挙げて法制度基盤を整備しますよ、という意味だ。

急いで付け加えると、先に述べた日本国憲法における勤労権についても、それを本気で実現する、つまり失業をゼロにするのは不可能であり、勤労権は抽象的権利に過ぎない、という見方があり、こちらのほうが通説だ。ではその場合、国は何をするのかというと、勤労権を強めるための基盤づくりである。具体的には職業安定法や男女雇用機会均等法などの制定であり、いざという場合の失業保険制度の整備などだ。

結局、国民に権利があれば、国はその権利を保障するための「義務」を負う。その関係で、失業者に対して生活支援や職業あっせん、職業教育などを国主導で行うことになる。それでも失業者は生まれるが、国としては「努力義務」は守っているというところで、折り合いがついているのだろう。とすると、現行憲法の勤労の権利も、それが対となるのは国の権利保全に対する「努力」義務と読み替えれば、イタリア憲法の趣旨と他ならないことになりそうだ。

残った問題は、国民側の「義務」というところだろう。こちらは、義務を果たせない個人は多々存在する。そうした現実に照らし合わせて、高齢、家事育児介護、就学など、しかるべき理由があれば、労働の義務は厳しく求められてはいない。あくまでも、個人の事情を鑑みて、現実的な司法・行政判断はなされているので、ここも問題はないだろう。要は国民にとっても勤労は「努力義務」ということなのだ。


憲法で「労働の権利と義務」を規定した日本と韓国は、やはり勤労・勤勉が国民全体に根付き、結果、社会全体が発展した。国民全員が十二分にその果実を受け取ったということは否めないだろう。

ただし、その勤労意識は、最近、多少行き過ぎた感も出ている。件のOECDの労働時間比較(フルタイマー)では、圧倒的に長時間労働なのが韓国で、日本は4位に入る。2位、3位はトルコとメキシコといった中進国なので、先進国に限れば、韓国と日本が間違いなく1、2トップということになる。

日本国憲法にはご丁寧にも、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」という規定もある。そろそろこの憲法規定に沿って、休息や長時間労働に関する法制度が強化されるべきなのだろう。憲法論議に行き着く前に、まずは立法で対処できる部分がまだまだ多そうだ。

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