同社に勤務していた女性社員が、午後6時から午前零時まで、会社に無断で、キャバレーのリスト係および会計係として勤務していたことが、二重就職を禁じた同社の就業規則に違反するという理由で解雇され、不服とした女性社員が解雇無効を訴えて起こした裁判である。
結果的に、会社側が勝訴したが、東京地裁が示したのが次の原則である。
実際、女性社員は就業時間中の居眠りや残業拒否などの勤務不良態度がしばしば見られた。判例がいう「誠実な労働提供」義務を怠っていたわけだ。
2008年3月から施行されている労働契約法という法律がある。個々の会社員と会社との間で結ばれる労働契約に関する基本的なルールを取り決めた法律であるが、この法律の審議段階で、労働法学者からの提案によって、「副業を会社側が一方的に禁ずる就業規則は無効とする」という趣旨の条項が織り込まれるはずだった。
しかし、経営側だけでなく、労働組合側からも積極的に推す声が上がらず、実現しなかった。「就業規則の法的効力をどう考えるか」といった大きな問題に議論が集中し、副業問題のような“枝葉”の事項は捨て置かれた、と、メンバーの法学者のひとりから聞いた。
いずれにせよ、社員の副業をできれば認めたくない会社と、その認めたくない会社が作った副業禁止規定を限定的に解釈する裁判所という構図があるのだ。労働法は会社が思うほど副業に厳しくないのである。
しかし、賃金減の見返りとして副業を認める場合はともかくとして、できれば本業に集中して欲しい、体力、気力を他の仕事で分散させて欲しくない、というのが多くの会社の本音だろう。
ここで考えてみたいのは、社員にとっても、会社にとっても都合がいい副業はあるか、という問題だ。
大手コンサルティング会社に勤務する39歳の男性は、月2回、研修機関で講師をつとめている。教える内容はマーケティングで、本業と重なる部分が非常に大きい。
男性は新卒で現在の会社に入ったが、知識不足を補うため、会社を休職し、国内大学院のMBA(経営学修士)コースに入り勉強した。予定通り、2年間で資格を得ることができ、元の会社の同じ部署に復帰することができた。
ある日、研修機関に勤務していた大学院時代のクラスメイトから電話がかかってきた。マーケティングの授業ができる講師を探していたのだ。自分が果たしてつとまるだろうか、不安だったが、折角なので、やってみることにした。会社は社員の副業を一定の条件で認めている。上司に話し、就業規則に則って届け出をしたら難なく認められた。
講師を引き受けてよかったのは、人前で発表するので曖昧な知識をブラッシュアップせざるを得ないことだ。大学で学んだ教科書を引っ張り出すことも度々ある。
本業の会社でも、社員や外部スタッフとともにさまざまなセミナーを開催しており、講師の役を務めることもある。「研修機関のやり方は講義の品質管理という面で非常に勉強になっています。逆に、テキストをこう改善したほうがいい、と、本業で培った経験から、私なりのアドバイスも加えました。本業と副業が重なりあうので、学べる部分が多々ある。ただ、お互いのインサイダー情報をばらさないよう気をつけています」と本人が語ってくれた。
本業で培った力を別の場所で試す他流試合をやりたい。仕事のプロを目指す人で、そういう気持ちに駆られたことのない人は稀だろう。こうした副業は個人が成長するまたとない機会となる。それは会社にとっても歓迎すべきことだ。
この仕組みを取り入れているのが、ウェブショップの立ち上げや運営をサポートするEストアーという会社だ。2006年12月から、自らの事業に直結する、ウェブショップ運営という「副業」に限って、認める方針を打ち出した。その背景には、一般のショップ運営者にアドバイスする立場でありながら、自分らは経験ゼロというのでは紺屋の白袴になりかねない、という経営の判断があった。申請書を上司に提出すれば同社のウェブショップのアカウントがもらえる。もちろん、就業時間は本業に集中しなければならない。
会社にとってのメリットは、社員の能力がアップし、顧客に対する提案力が増すことだ。また、社員が運営するウェブショップが成功すればEストアーのブランドがアップするかもしれない。一方の社員にとっても、給料以外にお小遣いが入る、本業に直接役立つ仕事能力がアップする、といったメリットがある。
会社の秘密をばらしたり、ノウハウや顧客を奪ったりする副業は断然許すべきではないが、会社も個人もハッピーな、こうした副業なら認めるべきではないだろうか。副業はやり方次第で、実践的な教育・研修の場ともなるのである。
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