採用や教育など人事関連の実務に追われて忙しい毎日の皆さまに、これを通して広くビジネス全体を知っていただくための業界トレンド講座。HRmics編集長の海老原がレポートします。※2010/08/12の記事です。
「新聞では毎日のように●●が騒がれている」というこの表現。安易に用いられすぎているから、余り使いたくはないのだが、今回題材にする「クラウド・コンピューティング」については、そういわざるを得ないほど、新聞をにぎわせている。
ところが、意外にも「クラウド」関連の求人は最近、盛り上がっていないという。
昨年の同時期に行ったレポートでは、不況風色濃く残る当時のIT業界で、数少ない求人活況分野が、クラウド関連だった。そのころよりも、むしろ目立たなくなっているともいう。今回は、この辺りの事情に迫ってみたい。
まず、新聞紙面をにぎわせているクラウドにも、ピンからキリまである、ということを最初に述べておきたい。
大手保険会社が顧客管理にクラウドを使いだした、などという「ビッグ」な本物もあれば、一方では、単にありもののASPを使っただけの代物を、クラウドと銘打つような誤解も散見される。単に、ネットを利用して自社外にあるシステム・リソースを何かしら利用すれば、それでもう、「クラウド」と言ってしまう風潮がある。つまり、大したことでもないのにクラウド、クラウドと騒ぎすぎているともいえるのだ。
少しこの辺りを整理してみよう。
1・2について言えば、全く新しい概念ではなく、すでに10年近く前から当たり前になっていたことばかりだろう。これをクラウドと言って騒いでも、この部分で、今までになかったような求人は生まれて来はしない。
3についても、それほど目新しい話ではないが、今、新聞で騒がれる多くのクラウドが、実はこの「ASP型クラウド」といえる。量販店のポイントシステム管理などが、好例だろう。ここで新たなテクノロジーといえるのは、データセンターで使用する大型サーバーを、企業ごとに専用化できるよう小口分割する時に使用する、VMウェアが上げられる。昨年の今頃騒がれていた「クラウド関連求人」の一番手がこのVMウェア回りのエンジニア募集であり、人員補強が整った現在、この求人も下火になりつつある、といえる。
最後の「本格的クラウド」だが、ここまで来ると、それこそ、いろいろなエンジニアが必要となり、求人も活況になっていく。たとえば、社内サーバーから外部サーバーへの完全移管のためのシステム設計や、社内ネットワークの再構築、それにつらなるパソコン類の変更など、システム全体の再設計(=SI)に伴う要員が必要となる。もし、この段階に企業が進んでいけば、社内に大掛かりなハードもソフトも不要となり、システム部は大幅にダウンサイジングできるようになる。企業側のメリットは大きいはずなのだが、なかなかここまでは行きつかないのだ。
理由は何か?
一つには、やはり、社内の情報やノウハウを社外に全ておいておく、ということに一抹の不安を覚える企業が多いから、ということがあげられるだろう。
もう一つは、もっと簡単なことで、「必要に迫られないから」「時期が熟していないから」という理由も挙げられる。現状で機能しているシステムが、もう使えないくらい陳腐化したら、そのタイミングで大掛かりなSIをして、本格クラウドを実現する、という企業は増える。ところが、一通りシステム投資を終えて、このシステムの寿命がまだまだある、という企業が多いため、今はクラウドに舵を切れないのだ。
ではなぜ「システム寿命」が尽きないのか?実は、Windowsビスタの失敗がその遠因となっている、というフシが伺える。普通、新しいOSが浸透し、以前のバージョンよりも格段に使い勝手が向上すると、それにしたがって、企業はあらたなハード・ソフト投資を行う。ところが、2007年に現れたビスタの評判が今ひとつだったため、ハード・ソフトの更新機運が盛り上がらなかった。マイクロソフトは、急遽2009年にWindows7をリリースしたのだが、まだ市場に浸透していない。だから本格的にクラウドが進まない、というところなのだ。
逆にいえば、来年くらいにWindows7が浸透するころ、クラウド・コンピューティングは新局面に入ると思われる。まあ、その前にひょっとすると、iPhone、iPadなどのアップル勢が強烈に浸透し、さらに本年末に登場するという「究極のアップル製品」が市場を席巻するようだと、それをもって、企業の端末も置き換えられ、そのタイミングでクラウドが再始動する、というシナリオも、サプライズとしては考えられるのだが。
IT業界の取材を進めるうちに、ひとつ、皮肉な話を耳にした。
ITの浸透により、業務は合理化され、混雑を極めた事務作業などが、少数の人手で簡単に遂行できるようになった。こうしてIT技術の進歩により雇用は失われてきのだが、そのIT業界内においても、技術の進歩とともに、常に人の働く場所は失われ続けている、というのだ。
その昔、アナログ通信時代に、電話交換機のエンジニアの仕事は多かった。それがデジタル信号化することにより、IPに携わる少数の人たちに置き換えられた。仕事を失った交換機関連のエンジニアの多くが、NWエンジニアの道を選んだ。そのNWエンジニアは、次世代NW機器で簡単なネットワーク設定ツールが生まれたことにより、雇用が減少している。
結局、IT・通信業界といえども、技術の進歩で人が不要になる、という歴史が繰り返されている。クラウドの本格的浸透の妙味は、「社内にシステム要員が不要となる」ことにもある。それはとりもなおさず、システムに携わることの雇用を細らせることに他ならない。
技術の進歩をレポートしながら、雇用の先細りを考えると、我知らず少し複雑な気持ちにならざるを得ない気がした。
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