人事必読本レビュー:アンドルー・ゴードン/二村一夫 訳『日本労使関係史1853-2010』

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キーワードは「権力と対立」です。

このコーナーでは、実務にお忙しい人事の方向けに、世にあまた流通する人事関連本の中から、新刊を中心に、HRmics編集部が特に推薦したい書籍を選び、その読みどころをご紹介いたします。第一回は、HRmics副編集長の荻野が担当いたします。※2013/01/24の記事です。

アメリカの碩学が描ききった「人と組織の関係史」

人事必読本レビュー:アンドルー・ゴードン/二村一夫 訳『日本労使関係史1853-2010』

日本労使関係史、失礼ながら、何の変哲もない、ありがちなタイトルだ。が、その下の「1853-2010」には、人をして、「ん?」とさせるインパクトがある。そして、著者名を見て、今度は「えっ!」となるだろう。こんなテーマの本を、外国人が書いたのか!と。

その通りである。江戸時代末期から現在までの約150年間にわたる日本の雇用制度の変遷を、アメリカ人の歴史学者が振り返った。著者、アンドルー・ゴードンは、1952年、ボストン生まれで、ハーバード大学歴史学部教授である。『日本の200年―徳川時代から現代まで』(みすず書房)という著書もあり、ライシャワー日本研究所所長を長年務めるほどの知日家らしい。

誤解されがちだが、客観的な事実を年代順に並べたもの、それがそのまま歴史となるわけではない。それではただの年表だ。そうではなくて、何に着目し、何を拾い上げ、何を捨てるか。そこに、歴史をものす人の「歴史観」が現れる。歴史とはhis story(彼=著者ならではのオリジナルの物語)なのである。

では、本書で展開されている日本の雇用に対するゴードンの歴史観は何か。

キーワードは「権力と対立」である。何のことか、と思われるだろうから、少し敷衍してみる。

雇用制度というものは、経営側主導で生み出したものであり、労働者はそれに唯々諾々と従ってきただけだ、と見なされがちだ。これについて、著者は異義を唱えるのである。労働者、経営者、場合によっては官僚もその生成に関わった、正・反・合の弁証法的発展の所産として見るべきだ、と。

紆余曲折の末に成立した「終身雇用」

たとえば日本的雇用システムの中核とされる終身雇用。明治期はそんな傾向は露ほどもなく、労働者の流動性は高くて当たり前だった。当時、民営としては最大、しかも最古の歴史を持つ石川島造船所と芝浦製作所の勤続年数統計によると、1902(明治35)年、労働者の80%が勤続5年未満だった。なぜこんなに短かったかというと、何社を渡り歩くことができたか、というのが、「一人前」の労働者と認められるメルクマールだったからだ。

この傾向がピークに達したのが、第一次大戦が始まって日本経済が空前の好況に沸いた時期だった。ほとんどの産業で年間移動率は75%にも達していたという。

ところが戦争が終わって1920年代になると、今度は不況が続き、移動率は下がっていく。勇んで会社を辞めても、次が必ずあるとは限らないからだ。こうした環境に、勤続年数が加味される賃金、同じく解雇手当や退職金、年金制度、福利厚生施設の拡充、教育プログラムの整備など、経営側が設けた「長く働かせる仕組み」があいまって、労働者が長く働くようになっていった。

この時期、ポツポツ現れ始めた労働組合も大きな働きをした。不況になったら躊躇なく解雇する。それが当時の企業の通例だった。これに対して、組合は、争議やストライキを辞さず、という姿勢で臨んだ。それを憂慮した一部の企業が、面倒な争議を避けるため、解雇を避けるようになったのである。

時代は下り、第二次大戦期。今度は官僚による上からの規制があった。今度の戦争は前と違い、総力戦だった。それを遂行するため、労働力の移動と配分を効率的に管理しようと、1941(昭和16)年12月、ちょうど太平洋戦争開戦の月に、政府が労務調整令を公布する。会社都合・労働者都合に関わらず、雇用および解雇のすべてに関して、全国500ヶ所ある職業紹介所の許可が必要、という内容だった。この時期の日本は一種の社会主義国だったのだ。

これは転職、離職防止にある程度の効果を発揮したが、法の目を潜り抜け、高給に釣られて転職を繰り返す人が後を絶たなかったという。

戦後になると、「終身雇用」を促進させる新しい仕組みが、経営側と労働側の歩み寄りのもと、広まった。配置転換である。ある部署で仕事がなくなっても、そこで働く人たちを即、解雇とせず、他の部署で引き取る。これは今でも行われているのはご承知のとおりだ。

以上、ざっと見た限りでも、労働者個人の意識と行動、経営の思惑、組合の介入、官僚の横槍、さまざまな要素が絡み合って、「終身雇用」が出来上がったというのが著者の主張だ。

著者は、そのプロセスを、労働組合の機関誌紙、労働統計、実務家・官僚への取材などを通じて、こと細かに明らかにしていく。その成果は「日本にはお家大事の伝統がある。労働者にとって、企業とはそのお家に他ならない」といった日本固有の文化にその淵源を求めたり、「1940年代の戦時体制がそのまま残っているのだ」という議論とは一線を画し、納得感が高い。

信長が日本的雇用システムの創始者?

日本に固有の「企業別労働組合」の淵源に関する記述も興味深い。企業がはじめて現れた明治期からそうで、当時の労働者はむしろ工場別に組合を組織した。

なぜそうなったか。

著者によると、江戸時代の職人社会には、都市ごとの職能別組織しか存在しなかったからだという。それを真似てつくられた初期の組合も、都市別、すなわち、工場別に作られるほかなかったというのである。

そこがイギリスやアメリカとは決定的に異なる。欧米における組合とは、都市横断型、もしくは全国にまたがる広範なネットワーク組織である。日本型の組合では考えられないことだが、後進への技能伝承や、新参者の入職規制といった機能も、組合がしっかりと担っている。

この問題をもう少し考えてみる。

江戸時代は、実は中央集権とは言いがたい社会であった。徳川家が全国すべてを統治したわけではなく、三百諸侯といわれたように、基本的には、それぞれの藩が主役の地方分権社会であった。その地方分権性が職人たちの横のネットワークを断ち切らせたということなのだろうか。もしくは、それ以前の10世紀中ごろから現れ始めたヨーロッパのギルドに似た組織がとうとう日本には現れなかったほうが大きいのかもしれない。

いや、それをいうなら、日本の中世にも特権的同業組織としての「座」があった。経済の発展を計るため、その特権を廃止したのが、織田信長をはじめとする戦国大名たちだった。そう考えると、もし信長なかりせば、日本の労働組合も世界標準の職能別ネットワーク組織となり、日本的雇用システムも成立しなかったかもしれない。信長こそが日本的雇用システムの創始者である・・・・・・そんなことも本書は“妄想”させてくれるのである。

急いで付け加えておくと、本書の基礎となっているのは、著者の博士論文であり、そのタイトルはこうだ。”Workers, Managers, and Bureaucrats in Japan:Labor Relations in Heavy Industry,1853-1945”。

それにしても、資料収集の博捜ぶり、その読み解き、論旨の明解さ、失礼ながら、よくもまあ異国の方が、という感じなのである。このあたりにアメリカの底力を感じる。

日本の労使関係を規定した「思い」とは

結局、150年を通底し、日本の労使関係を根本的に動かすエネルギーとなってきたものは何なのだろうか。その答えとして、著者は繰り返しこう述べる。われわれを一人前の人間として扱え、企業内はもちろん、社会においても「正規の構成員(フル・メンバー)」として処遇してくれ、という労働者の強い欲求であった、と。

戦前は職員と労働者とで、出入りする門が違った。職員と技術者向けにつくられた食堂には、労働者は出入り不能だった。賃金は日給か週給で支払われ、技能、出来高、出勤率、景気によって、上下動するのが常だった。賞与は出勤率の高い成績優秀者のみしか支払われなかった。私用外出は厳禁で、退勤時には、原材料や道具を盗んでいないか、必ずボディチェックを経なければならなかった。

その欲求は徐々に認められた。戦時期に政府主導で作られた産業報国会が両者の処遇が平等であるべきことを諄々と説いた。労働者(ブルーカラー)と職員(ホワイトカラー)の間の身分差が解消したのは戦後だった。日本的雇用システムとは、労働者を正規の構成員として遇し、そのことで、彼らの力を最大限に発揮させた仕組みではなかっただろうか。

ぜひ将来、増補版を

さて、本書最終章には「日本型労使関係の終焉?」というタイトルが付けられている。それを引き起こしている最も重要な変化は、非正規労働者の数と比率の拡大である。著者はあまり詳しく触れていないが、日本型労使関係の非役ではなかった存在として、女性を忘れるわけにはいかない。

非正規労働者や女性はかつての「労働者」と見ることもできよう。われわれを「正規の構成員(フル・メンバー)」として扱え、という欲求が強いのが日本の労働者の特質だったとしたら、今、非正規労働者、そして女性が同じような思いを抱いていてもおかしくない。現にそうだろう。

その場合、同時に問い直すべきは、著者も触れているように「正規の構成員」のあり方だ。働く場所も時間も仕事内容も、常にフル・コミットメントを要求されるようなあり方、働き方でいいのかどうか。大卒全員が選良と見なされ、課長・島耕作のような、八面六臂の活躍が期待されることがいいのかどうか。

日本的雇用システムの完成までには約100年の歳月が必要だった。今度はどうだろう。そんなに長い時間はかけられまい。

著者は今年まだ61歳。将来、これからの日本的雇用システムの変化を織り込んだ増補改訂版の刊行を、切望する。

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