アジア・中南米・オセアニアに貿易の力点が移った今、すでにもう「ドル安」「ユーロ安」はそれほどの脅威ではなくなった、というのが前回(混迷景気を読む-円高・ドル安・ユーロ安は75%の地域で「無関係」)のレポートでした。この続きを、海老原嗣生(HRmics 編集長)がお送りします。※2010/11/04の記事です。
オバマ政権がドル安を指向している。表向きには、その理由は「アメリカの国内にある輸出産業が、輸出を促進できるようにするため」と語られる。しかし、この説明で合点はいかない。
確かに、今でもフォーチュンの選ぶ製造業ランキング・ベスト500にアメリカ企業が149社も顔を並べている。これらの製造業の輸出が、果たして増えるのか?答えはNo。ランキングインした製造業の社名を見るとよくわかる。GAPやコカコーラ、P&Gなどの日用品メーカー、デルやHPなどのPCメーカー、マイクロソフトやIBMなどのソフト産業・・・。どの会社もみな、製造をアメリカ本土では行っていない。たいていは中南米かアジア諸国、東欧で生産。こうした「生産拠点」の国々の通貨は、前回の通り、総じて自国通貨高となっている。つまり、ドル安だからといっても製造拠点の通貨は高止まりしているから、とどのつまり、何のメリットもない。ではなぜドル安を指向しているか?ここでは、金融緩和の話は抜きにして、純粋な実業面のみで考えることにすると、答えは一つ。
「所得収支」の底上げ狙い、が見えてくる。
これは、こういうことだ。たとえば、アメリカのメーカーが、日本で100円稼いだとする。1ドル100円なら、その儲けは為替換算すると「1ドル」にしかならない。ところが、1ドル80円なら、「1.25ドル」となる。つまり、何もしなくても0.25ドル収入が増えるのだ。もちろん、収入だけでなく利益も底上げされる。こうした所得収支面で企業の業績に寄与できる。それが欧米企業の好決算につながる・・・。
もう一つ、ドル安がアメリカ経済に寄与することがある。たとえば、NYダウが1万ドルだった場合、1ドル100円なら円建て換算で「100万円」だが、1ドル80円なら「80万円」となる。つまり、20万円も安くなる。日本やアジアの投資家は、「それならアメリカの株を買うか」と思うだろう。こうしてアメリカの株(や不動産、その他資産も)は値上がりしやすくなる。手持ち資産の価格が上昇すれば、個人の家計のバランスシートは改善され、消費が増える。こちらは、「資産効果」と呼ばれる。
この両面で、企業・家計ともに潤う。まさに現代版の打ち出の小槌といえるだろう。
さて、ではこうしたドル安施策はどのようにしたら実現できるか?
ここでよく聞くのが「金融緩和」という言葉だ。これは、市中に出回る資金総量を増やす、ということであり、概念的には、「お金をたくさんバラ捲けば、お金の価値が下がる」などと説明される。
では、どうお金をバラ撒くのか?
従来ならば、中央銀行が市中の銀行にお金を貸し出す利子を安くすることにより、銀行にお金がまわり、結果、銀行が企業にお金を貸しやすくなるため、市中にお金が回る、という「伝統的施策」をとってきた。
ただ、この方法だと、バブル崩壊で担保となる不動産や証券の価値が目減りしている中では、「いくら貸しても、返してもらえそうにないから、怖くて貸せない」となるため、貸し出しは増えない(流動性の危機と呼ぶ)。こうした場合には、中央銀行が決済を肩代わりして、銀行の不安を取り除く、という行為に出る。たとえば、銀行が持っている手形や債券などを担保に中央銀行がお金を貸し出したりする策がとられている。手短に説明すれば、銀行にたまった危ない資産を中央銀行が買い取るから、それで市中にお金が回る、と考えればよいだろう。こうした「流動性を回復させるための新たな施策」を非伝統施策とよぶ。
今、欧米日の中央銀行は、非伝統施策に奔り、「何でも買います、支払います」競争となっている。10月に日銀が一足早く「株や不動産」の間接購入を宣言し、11月にはアメリカのFRBが過去にない巨額の国債購入をする、と言われている。
こうして、ジャブジャブにお金がいきわたった結果、貨幣価値がさがり、通過安となる。
結果、所得収支、試算効果などで、景気を下支えつつ、景気の踊り場を脱する、というのが、各国のもくろみといえるだろう。
さて、このしたたかな狙いに、さらに油をそそぐような絶好のタイミングで、経済指標や政治スケジュールが悪戯をしている。
一つはアメリカの雇用統計だ。とりわけ、失業率と新規失業数に注目が集まっていが、もともとこの数字は遅行指標のはずだ。今、よい悪いを騒いでも、それは半年程度前の実勢なのだから、仕方がないだろう。にもかかわらず、この数字が8月・9月と良くないことをもとに、「さらなる金融緩和」がアメリカでは叫ばれつつある。ちなみに、データを仔細に見ると、民間部門の失業は減り、雇用は増えている。総数で減っているのは、公的部門が失業対策雇用をやめつつあるからなのだ。つまり、グリーンスパン言うところの「景気回復期に起こる当然の『悩み』」であり気にするほどのこともないのに、目くじらを立てている。この時期に、下院の中間選挙が重なったことで、政治的ポーズが必要となったオバマ政権は、3500億ドルの景気対策を発表。さすがにこの規模で国会は通過しないだろうが、共和党寄りの修正を重ねて2000億ドル程度の追加対策が確定すると読まれている。
一方日本でも、ねじれ国会で野党に配慮した民主党が、本来1.5兆円規模と言っていた景気対策に飾りをつけて、ついに5兆円程度の立派な対策が出来上がってしまった。海を超えたお隣韓国では、7月に、7兆円規模の新幹線投資が決定、10月の中国5中会では中規模の景気対策が盛り込まれる模様・・・。
そう、7月予測では「もはやありえない」と思われた追加景気対策が、次々と各国で可決される勢いなのだ。
ここまでの超金融緩和に、追加経済対策が重なれば、あと数か月後に景気は再び加速を始めるのではないか?これが今回の予測となる。
その後、景気はどうなっていくのか?
実は、そこに不安を抱いている。バラ撒かれた先進国の通貨は、結局、投機的な動きとなり、資源や新興国の株・不動産などに向かうだろう。
すでにこの動きは明らかになり始め、インドネシア、マレーシア、メキシコ、アルゼンチン、インド、ベトナムで株価は史上最高値にまで至っている。
明らかに、バブルの入口に立っているといえるだろう。
日本では、バブル崩壊後に過剰流動性相場で、ITバブルが起き、それはたった1年4か月で終焉を迎えている。
そう、不況対策で始まった人為的バブルは息が短い。
当面、景気は踊り場を超え再加速する可能性は高いが、そこから1年程度で崖が待っているのではないだろうか。
人類は毎度おなじみの道をたどるのか、それとも―。
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