定年制について考える(後編)

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日本型定年制の特徴を探ります。

採用が人事の入口だとしたら、退職は出口、特に定年は最終出口だといえます。終わりよければすべてよし。人事担当者は、定年に関しても「達人」であるべきでしょう。高齢化がますます進む日本。つい先ごろ、政府の研究会が65歳への引き上げを訴えるなど定年制に新たな注目が集まっています。
2回目の今回は日本の定年制の歴史を振り返り、欧米との比較を行います。レポートはHRmics副編集長の荻野進介氏です。※2011/09/08の記事です。

日本型定年制の特徴を探る

歴史を紐解くと、日本の定年制は明治の後期から一部の大企業で成立し、大正初期から昭和初期にかけて、他の企業にも広がっていった。記録として残っている最も古い制度は、東京砲兵工廠が1887(明治20)年に定めた職工規定に存在する「55歳停年制」だった。

企業においては日本郵船のそれが嚆矢とされる。1902(明治35)年の社員休職規則に、年齢55歳に達した社員は休職を命じられ、一定期間後に解雇されるという規定があった。

昭和に入り、定年制を設ける企業はどんどん増えた。以下は工場単位の数字だが、1933(昭和8)年の内務省の調査によると、当時336工場のうち、140工場(41.6%)で定年制が実施されており、年齢は50歳(57.3%)もしくは55 歳(34.0%)が多くを占めていた。

さて、現在である。厚生労働省の調査(「就労条件総合調査」2009)によると、定年制が存在する企業の割合は91.8 %となっている。従業員規模が大きくなるほど割合が増し、30人~99人の場合は89.4%であるのに対して、100人~299人で97.7%、300人~999人で98.7%、1000人以上になると99.3%にまでなる。全体的にみれば、ほとんどの日本企業で定年制が存在すると言っていいだろう。

年金と未接続のヤング・オールドでの定年

次に海外の例を見てみよう。次の表は日本および欧米4か国の定年および年金制度を比較したものである。

各国の高齢労働者施策および労働力率の比較

この表を見ると面白いことがわかる。日本以外の国(といってもフランスだが)では、定年年齢と年金支給年齢がリンクしているのに対して、日本は違っている。定年後、年金の支給が開始されるまでに一定の期間があるのだ(これは「段階的引き上げ」が行われる以前もそうだった。これに関しては後述する)。東北大学の野村正實教授によれば、他国とは違う日本の定年制の特徴がこれで、「ヤング・オールドでの定年」と教授は呼ぶ。

アメリカでは1967年に年齢差別基本法が定められため、定年制を設けることはできなくなったが、それ以前は65歳定年制が一般的だった。定年制の規定がないドイツでも、年金の支給開始年齢である65歳を期に企業を退職するのが一般的になっている。年齢差別禁止法が施行され、2011年4月から、定年制が事実上なくなったイギリスでも過去は定年と年金は接続していた。

シニアの高就業率の理由は「年金がすぐ入らないから」

表中の、60代前半の労働力率の数字を見ていただきたい。「日本人は働くのが好きな国民で、高齢になっても働く人が多い」とよく言われるが、国民性や気質うんぬんという話ではなく、単純に、定年年齢と年金の支給開始年齢が離れているからではないだろうか。60歳から64歳男性の就業率は日本がダントツだが、一番大きな理由は単純で、背に腹は変えられないからだと思われる。

元をたどると日本の年金制度は1954年から始まったものだ。戦前に定められた厚生年金保険法が改定され、男性の年金支給開始年齢はそれまでの55歳から60歳に引き上げられた(女性は55歳)。当時の日本企業の定年年齢は55歳が主流だったから、ここから5年の空白が生じた。それ以後、定年が55歳から60歳に引き上げられたのが1994年のことであった。この間、40年。年金と雇用の接続にずっと空白が開いていたのである。もっとも、実態としては、1980年くらいから、ほとんどの大企業で60歳定年制が施行されていたので、空白期間は徐々に狭まった。

では、なぜ、年金と定年の未接続という問題が日本で起こり、そのまま放置されてきたのか。理由が二つほど考えられる。

以前から「定年=引退」ではなかった

一つには欧米企業では見られない多額の退職金の存在である。年金が完全に支給されるまで、それで食いつなぐことができるはずだ。お隣、韓国では55歳定年の企業が多く、しかも年金支給年齢は65歳である。日本より大きな空白があるわけだが、日本より手厚い法定退職金制度が存在する。その空白を退職金が補っているのは明らかである。

二つに考えられるのは、現役でもない、引退でもない、定年後から年金支給までのグレーの年月を企業はうまく活用しようとしたからではないか。それが働く側にも結果的にプラスになったからではないか。

何を言いたいかというと、定年到達者をそのままリリースするのではなく、勤務延長を計ったり、再雇用をしたり、他社への就職斡旋をしたり、といったことは日本企業ではかなり昔から行われていた。1968(昭和43)年に発表された労働省(当時)の調査によると、「勤務延長、再雇用、就職斡旋のいずれかの制度がある」企業は、従業員規模5000人規模以上で82.1%、1000人~4999人で88.4%%、300人~999人で91.0%、100人~299人で92.0%、30人~99人で86.9%となっている。

なぜこんなことが可能なのかといえば、50代後半になっても、労働者の質が総じて高かったからではないか。法政大学名誉教授の小池和男氏がいうところの「長期にわたる競争」が行われているからである。部署を代わり、勤務地も異にしながら、同じ年代同士、鼻の差の業績を争う、過酷で長期の競争のことである。日本的能力主義の結果といってもいい。

それはトップ層にもいえる。日本企業は従業員から役員や社長などのトップが出ることが多い。最終的なレースの決着が着くのが50代前半だが、55歳定年となると、そこから数年しかない。出世競争に敗れ去っても、現役バリバリで、まだ油が乗っている人を、「定年だから」といって完全引退させるのはもったいない。労働者側も年金支給までしばらく間があるから、どこかで働かなければならない。そこで、勤務延長や再雇用、他社への斡旋が盛んに行われたに違いない。

対照的なのがフランスである。60代前半の男性労働力率がたったの17.5%である。毎年1か月の夏季バカンスは当たり前、という労働忌避のお国柄を表わしているのかもしれないが、一方で、かの国では一般労働者と、カードルと呼ばれる幹部層が入社時から分離している。出世競争は早くに片がつく。年を経るにつれ、やる気が失せ、60歳になったらさっさと引退してしまう人が多いのもわかる気がする。

さて、65歳定年制である。世界一といわれる高齢化の速度を考えると、「引き上げも仕方ない」とも思えるが、成長が鈍化し、財政再建など重い課題が降りかかる何もこの時期に、という議論もアリだろう。気になるのは、国税庁の調査で、サラリーマンの一人当たりの年間給料が1998年以来ずっと下がり続けていることだ。65歳定年制が導入されると、企業の総額人件費が増えるから、さらに下がる可能性が高い。55歳から60歳へ、定年年齢を延長した当時、多くの企業で「55歳役職定年制」が敷かれ、処遇の引き下げが行われたように、である。

現役世代に過大なしわ寄せをしない状態で、高齢者の雇用をいかに守り働いてもらうか。定年年齢の引き上げは難しい舵取りが必要となるだろう。

参考文献:
『定年制の話』(大坪健一郎、日本経済新聞社、1974)
『日本的雇用慣行』(野村正實、ミネルヴァ書房、2007)
『60歳からの仕事』(清家篤・長嶋俊三、講談社、2009)

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