人事必読本レビュー:中嶋哲夫/梅崎修/井川静恵/柿澤寿信/松繁寿和 編著『人事の統計分析』(ミネルヴァ書房)

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人事マイクロデータこそ、人事のビッグデータなのです。

実務にお忙しい人事の方向けに、世にあまた流通する人事に関連する書籍の中から、新刊を中心に、HRmics編集部が特に推薦したい書籍を選び、その読みどころをご紹介いたします。HRmics副編集長の荻野が担当いたします。※2014/02/06の記事です。

人事マイクロデータは宝の山

人事必読本レビュー:中嶋哲夫/梅崎修/井川静恵/柿澤寿信/松繁寿和 編著『人事の統計分析』(ミネルヴァ書房)

味も素っ気ないタイトルの本が、思いがけない良書だったりすることがある。

本書もそうだ。

最初に断わっておくと、決して読みやすい本ではない。統計の素人(かくいう評者もそうだ)には、何のことだかわからない数式や数表が延々と続く箇所もある。でもそれらが指し示す結論が、人事にとって非常に身につまされる話となっている。無味乾燥な数字の羅列が、あたかも魔法のように、人事の「襞(ひだ)」に関わる貴重な示唆を与えてくれる、というわけだ。

本書が扱う「人事の統計」とは、個社の従業員に関する情報、である。著者はそれを「人事マイクロデータ」と名付ける。

そうしたデータの提供企業は6社で、もちろん匿名である。その6社から、精粗の違いはあれど、性別、年齢、勤続年数、学歴、等級などの個人属性データ、基本給、諸手当、残業手当、賞与といった賃金データ、そして人事評価データ(経過と最終結果に分かれているケースもあり!)、希望退職者データ、従業員意識調査データなどを、著者は複数年分提供された。著者といっても1名ではなく、実務家1名、研究者4名で構成される計5名だ(その他に執筆協力が1名)。その6名があれこれの仮説をもとにデータを分析、企業へのヒアリングも重ね、共同研究という形で世に問うたのが本書である。

国内に限った話だが、評者も、人事関係の書籍や論文にはずいぶん目を通してきた。そういう人間からしても、これだけ包括的な個社データを扱った研究は寡聞にして知らない。それらのデータは著者の1人である人事コンサルタントが企業から預けられていたものだという。相当深く入り込み、信頼されているという証左だろう。

人事制度、失敗の本質

さて、本書を貫く研究テーマをひとことで言ってみると、人事制度、失敗の本質である。

著者の問題意識は以下のようなものだ。

人事制度は、ある意図をもって設計、施行されるが、企業を構成する人と組織は複雑系そのものだから、意図通りになるとは限らない。むしろ、失敗や予想外の反応がつきものだ。その原因を人事はきちんと探っているのか、あるいはアカデミズムは原因を明らかにするような実証研究を行っているのか、どちらも不十分ではないか、というのである。

たとえば、成果主義賃金を導入したA社の例。1996年から2000年にかけて管理職年俸制、年齢給の廃止、賞与における成果配分割合のアップ、人事評価における成果重視、という4つの施策を導入した。目的は、賃金における年功要素の縮減と個別格差の拡大である。果たして目論見はうまく実現しただろうか。

否、であった。改定前と改定後の賃金データを詳しく分析したところ、年俸制を導入し、成果主義化を促進させたはずの管理職層において年功化がむしろ進んでいること、格差についても同様で、総じて、その拡大ではなく縮小が起こっていることが判明したのである。

評価者負担という悩ましい問題

その原因は何だったのか。ここでもデータがものをいう。今度は人事評価データを同じように、改定前と改定後で分析すると、20代後半と30代はともかくとして、40代と50代前半については、改定前と比べて、格差をつけないような評価が実施されるようになっていたのである。

なぜそんなことが起こってしまったのだろか。評価者が背負う負担が過大になり過ぎたのでは、と著者らは推論する。制度改定により、これまでより、人事評価の中身が賃金の決定に大きく反映されるようになった。万一、管理職が評価ミスを犯したら、部下から恨まれてしまう。自分と地位が離れた部下の場合はそれでもいい。困るのは被評価者の地位が高く、管理職でもある場合だ。その人を評価する管理職との地位があまり変わらなくなるから、身内意識が働き、どうしても格差のある評価をつけ辛くなってしまう。だったら、あまり格差はつけずに、お茶を濁しておこう。まことに人間臭い、こういう心理が40代、50代を評価する管理職に働いたのではないか、というのである。

著者は、人事制度の改革が意図せざる結果に帰結する可能性があることを強調しながら、こういう結論を導き出す。〈制度改革の効果を議論する際に、まず制度が目的とする状況が実際に生まれたかどうかを把握した上で、従業員の行動や意識の変化を把握する作業を進めなければならない〉

人事の仕事は制度を作って終わり、ではない。制度を使うのは従業員なのだから、うまくそれを使えているか、にきちんと目を配らなければならないのである。

遠くの営業所長をどう評価するか

評価者負担の問題といえば、以下の分析も興味深い。

営業所長の人事評価分析である。具体的には、営業所長の評価者である上司の部長が、その所長と同じ場所に勤務している東京ならびに大阪の場合と、離れた地方に勤務している場合とで、評価にどんな違いが出てくるか、という分析である。

同じ場所に勤務している場合、部下たる所長の働きぶりをよく観察できるが、離れた場所ではそれがかなわない。後者の場合、材料が少ないわけだから、評価者負担が重くなる。その違いが果たしてどう出るか。

こんな分析ができるのも、詳細な人事マイクロデータがあるおかげだ。この分析では営業部員全員の最終人事評価データ、売上予算達成率、売上高伸長率などの営業所別販売管理指標データ、年齢、学歴、職能等級も含む営業所長ならびに部長の属性データ、それに売上予算規模指数、部下数といった営業所長の職務に関する事前情報、といったデータが使われた。

著者の仮説は、地方の営業所長の業績評価は、東京・大阪の場合と比べ、働きぶりが見えにくいがために、主観的評価が行われにくくなり、客観的指標に基づく、ある意味、お茶を濁した評価が行われやすい、というものであった。結果はどうだったか。

果たして、仮説通りであった。

地方営業所長の場合、部下数が多く、売上予算が小さい(評者注:部下数が多いことと売上予算が小さいことは矛盾するが、あくまで統計分析上の話である)、営業所員1人当たりの利益達成率が高い人ほど高い業績評価が得られることが判明。このうち、部下数と売上予算は期首前に決定しており、その営業所長の当期業績とはまったく関係ない。それなのに、そうした事前情報が頼りにされていたのである。

一方、東京ならびに大阪の営業所長の場合は、営業の部下人数が少なくて、年齢が若い、所員1人当たりの売上成長率と、利益ベンチマーク達成率(評者注:おそらく目標利益額の達成率)の高い所長ほど高い評価を得ていることがわかった。部下人数と年齢は事前情報だが、売上成長率という営業成績の肝がきちんと押さえられている。

人事からすれば、これもかなりやばい、意図せざる結果だろう。大都市と地方とで、同じ業務内容の人材が異なった項目で評価されているわけだから。

優秀な社員ほど人事制度をよく理解している

本書が扱っているのは評価に関する分析だけではない。個人的には、従業員の人事制度に対する理解の正確さは、本人の能力(または長期的な企業内評価)にどう関係しているのかを探る分析が興味深かった。

従業員の人事データと人事制度の理解度を問うた従業員アンケートの結果をマッチングさせたところ、能力の高い優秀な従業員ほど、人事制度をよく理解しているということが判明したのである。能力の高さを表わす指標として使われたのは昇給の上昇率である。

著者はこう述べる。〈従業員が賃金や評価等の人事諸制度の仕組みを理解していれば、自分の受け取った賃金や評価、さらには周囲の従業員に支払われた賃金に対する情報等をもとに、自分の相対的な位置付けや評価の高さを認識する。これらが変化した時、従業員は働き方を変える〉と。だからこそ、〈従業員の働き方を変化させようとするならば、制度そのものの変更だけでなく、従業員の人事制度に対する理解度と認識の水準を上げることが必要である〉。

これは人事の方々に納得のいく話ではないだろうか。従業員の仕事に対する意欲を向上させ、その成果を最大化すること。それが人事制度の目指すべきことである。そうした性格を持つ人事制度への理解を高めるということは、その企業で成果を出すためのプロトコルを理解させることに他ならない。つまり、人事制度に対する理解を上げることが個々人の業績アップにつながることになる。

マイクロデータこそビッグデータ

本書の読み方はいろいろある。統計に長じた人なら、最初から通読すればよい。意外な結論にわくわくするだろう。冒頭に書いたように、数字に弱い人も得るところは多い。理解不能なページは流し読みし、推論と結論のみを読めばいい。それだけでも勉強になる。

願わくば、本書で展開されている仮説がそれぞれのデータ提供企業にどの程度、受け入れられたのか、もしくは受け入れられなかったのかという後日談にも触れて欲しかった。が、秘匿性の高いデータだけに、勝手な高望みの類かもしれない。

最も正統派の読み方は、本書を参考に、自社のマイクロデータを使い、ある仮説を立てて、実際に分析してみることだ。試しに採用時の適性検査の数値と、その後の業績評価との相関を探ってみてはいかがだろう。

ビッグデータ流行りの昨今、人事マイクロデータこそ、人事のビッグデータなのだ。

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